保健の窓

高血圧の治療目標と食事・運動療法

鳥取大学医学部総合薬物治療科教授 長谷川純一

– 単に血圧を下げるのが目標ではない –

近年、わが国は世界一の長寿国となり、少子化も相まって未曾有の高齢社会となりました。これには戦後の栄養改善、結核など感染症の克服に力があったことは疑いありませんが、昭和20年代末~30年代に始まった高血圧治療が大きく貢献したと思います。現在かなりの方が高血圧の治療を受けておられます。しかしこのようなことは、長い歴史から見るとつい最近のことなのです。長い間、医療とは病気で苦しむ患者さんの苦痛を取り、健康を取り戻す手助けをすることでした。まだ苦痛などの症状は無くても、重篤な病気になる危険因子を取り除くのが高血圧治療だからです。つまり高血圧治療は肺炎や心不全、けがや食中毒の治療とは次元が違い、将来心血管病すなわち脳卒中や心筋梗塞、腎臓病で早死にしたり、苦しむ危険を減らすことが目的なのです。

どれくらいの血圧の人が心血管病に罹患したり死亡しやすいかを統計的に調査し、危険性が分かってきたのですが、最近は、介入試験といって、食事や、運動、薬物などで、どれくらい血圧を下げていると心血管病になる割合や、死亡率が減少するかを調べる大規模な研究が多数行われ、よく分かってきました。どれくらいの血圧が最適なのか、どこまで下げる治療が最も安全なのか、科学的根拠がたくさん集まったのです。そこで世界保健機構WHOの血圧基準も1999年の改訂では、正常血圧が以前より低い値に定義され、治療の目標血圧も引き続き低い値が推奨されています。また治療において、生活習慣の修正がかなり有効であることも科学的に証明されています。食事や運動といった基本的生活習慣をどのように修正していけばよいか、わかり易くお話ししようと思います。

– 治療の基本は食事から –

新聞の雑誌広告に目をやると、健康に関する情報で一杯です。誰もが健康を求めており、しかも苦労なく、できれば楽しみながら、とくれば,何かおいしいもの、しかも副作用が心配な薬以外のものを口にして、病気を治し、健康を維持したいとなるようです。もちろん健康維持、病気の治療に、身体の栄養の大元・食事を重視すべきことは、医療の基本です。薬のさじ加減ばかりが医師の技量ではなく、保健指導や、生活習慣の修正としての食事指導、運動処方も重要な医療行為というわけです。

戦後の減塩の取り組みは、かなり効果があったようで、日本人の1日あたりの食塩摂取量は徐々に減少し、昭和62年に11.7gになりました。ところがその後再び増加に転じ、平成7、8年には13.2、13.0gと17、8年前の状態に戻ってしまいました。元来人類は1日0.5~3gの食塩しか摂取していなかったといわれますが、国際ガイドラインでは6g、わが国では少し多めの7gが推奨されています。

旧厚生省の試算では、国民の血圧が2 mmHg低下すると、脳卒中の死亡者が約1万人減少し、日常生活動作の低下する人が3500人減少、さらに虚血性心臓病の死亡者も減少することから、循環器疾患全体で2万人死亡が予防できるそうです。また食塩摂取を今より3g減少、カリウム摂取を1g増加、男性肥満者の6%減少、男性多量飲酒者の6%減少、国民の1割が毎日30分速歩きを実行すると、3.8 mmHgの低下が期待できるそうです。これほど有効な食事や、話題の特定保健用食品、健康補助食品のことだけでなく、運動療法につきましてもその効果や方法、注意点などをお話したいと思います。