保健の窓

食の安全について~鳥インフルエンザとBSE~

鳥取大学農学部獣医公衆衛生学教授 伊藤壽啓

 

人の流行性感冒いわゆるインフルエンザが目に見えない病原体、ウイルスによって惹き起こされることは、殆どの人が御存じでしょう。しかし、そのインフルエンザウイルスが元々は水鳥のお腹の中にいる「腸内ウイルス」が起源であるということを知っている人は少ないかもしれません。このウイルスは水鳥には病気を起こしません。人の腸内細菌に似ています。しかし、その水鳥のウイルスが極々稀に鶏や人間など他の動物に遷り住むことがあります。そしてそのときに勢いあまって悪いウイルスに変わってしまうのです。中でも鶏に遷って鶏を100%殺してしまう程、強毒になってしまったのが、今回、アジアで大流行し、日本にも飛び火した「高病原性鳥インフルエンザ」です。

これに対し、厚労省は「卵や鶏肉を食べた人が鳥インフルエンザに感染した例はない」といち早く安全宣言を出しました。しかし、風評による消費の減退を食い止めることは出来ず、養鶏業界は大打撃をうけています。因みに発生地から半径30km以内の養鶏場からの卵や鶏肉の移動・出荷制限は、人がそれらを食べて感染することを防ぐのが目的ではありません。あくまでも他の鶏への流行拡大防止が目的だったのですが、BSEの発生以来「食の安全」に最大の関心を払ってきた日本国民には、正しく理解されず、風評被害をさらに強めてしまったのが実状です。例えウイルスが潜む糞便が卵の殻に付着しても、出荷前に洗浄液で消毒されます。鶏肉も加熱調理をすることでウイルスは死滅します。鶏のウイルスは高濃度に接触さえしなければ、まず人に感染することはないのですから、正しい知識を身に付けて過度の心配をしないように心掛けたいものです。

新型インフルエンザは全人類の脅威

今回、79年ぶりに発生した我が国の「高病原性鳥インフルエンザ」について、最も問題となっているのはアジア諸国で今なお、流行が終息していないという点です。この事実はウイルスがなんらかの経路で再び日本国内に入ってくる可能性を示しています。今のところまだ、このウイルスは人間に馴れていないので、感染した鶏とよほど濃密な接触がない限り、人には感染しないようですが、全世界が最も恐れているのはこのウイルスがそうして人への感染をくり返している間に、次第に人の体内で適応したウイルス、いわゆる新型ウイルスに変わってしまうことなのです。万が一そのようなウイルスがどこかの国で生まれた場合には、人から人へ瞬く間に全世界に拡がり、SARSの流行どころではない大惨事を招くことが危惧されています。

BSEは怖くない

一方、一昨年、我が国で初めて発生が確認されたBSE(牛海綿状脳症)は、現在までに11例の感染牛が全頭検査によって発見されています。この数字の意味を私たちは正しく理解しているでしょうか。BSEの最大の発生国である英国では、その発生頭数は18万頭近くと言われています。そのなかで、人における患者の発生率は500万人に1人と推定されているのです。それと比べて桁違いに少ない我が国のBSE発生数、しかも我が国では牛の脳を食べる習慣がないこと、さらには全頭検査の実施によって、感染牛の全ての部位が確実に焼却処分され、決して市場に出回ることはないことなどから、今や我が国で患者が発生するリスクはほとんどゼロと言ってよいと思われます。