保健の窓

虚血性心疾患の増加-進歩した冠動脈治療-

鳥取県立中央病院循環器科部長 吉田泰之

 

ライフスタイルの欧米化に伴い、心臓の冠動脈の動脈硬化によりおこる狭心症や心筋梗塞など虚血性心疾患の増加が心配されています。死因の第1位となっている欧米の先進工業国に比較すればまだまだ低水準であり、現在のところ統計的にもさほど増加していないとされています。しかし、一線の臨床の場においては増加している、低年齢化しているという声が多く、今後増加が明らかになるのではないかと考える臨床医は少なくありません。

虚血性心疾患は、この四半世紀の間に非常に治療の進歩した分野のひとつです。CCU(冠動脈疾患治療室)やICU(集中治療室)の整備、心筋梗塞急性期におこる致死的不整脈に対するAED(自動電気的除細動器)の普及、薬物療法の進歩などのほか、動脈硬化で傷んだ冠動脈そのものの治療も広く普及しました。冠動脈バイパス手術は、心臓を止めずに行われるようになり、バイパスも長持ちをする腕、胸、胃などの動脈が用いられるようになりました。もう一つの冠動脈治療の方法にカテーテル治療があります。カテーテルは、細い管という意味の英語です。1977年にチューリッヒのグルンツイッヒが動脈硬化で細くなった狭心症の方の冠動脈を、太ももの動脈からか入れた細い風船(バルーン)によって拡張することに成功しました。その後、彼は渡米し1980年より米国で急速に広まりました。日本でも1981年に第1例が行われ、1980年代の後半には多くの施設で行われるようになりました。バルーンで拡がらない硬い病変に対しては、次々と破砕する新しい道具が開発されました。バルーンで拡げるだけでなく金属の網で裏打ちして病変を安定させるステント治療も1990年代から始まりました。3年前より拡げた冠動脈が再度細くならないように薬物がコーティングされたステント(薬物溶出性ステント:DES)も使用されています。さらに,血管の中で血液が固まってしまうのを防ぐ抗血栓薬も広く普及しました。


 

虚血性心疾患の最近の治療の進歩には目覚ましいものがありますが、それでも心筋梗塞を起こす方、お亡くなりになる方は減りません。高血圧、高コレステロール血症、糖尿病、肥満、喫煙習慣のある方に虚血性心疾患が起こりやすいことがよく知られており、これらを危険因子と呼びます。この危険因子を取り除くことが予防の基本となります。高齢化社会を迎えつつある今日、予防の重要性は高まるばかりです。

50年の歴史を持つ成人病予防対策は、高血圧や高コレステロール血症、糖尿病の方を虚血性心疾患などの重篤な病気を起こす前に見つけて治療しようという考えでした。1980年代後半に高血圧や高コレステロール血症の優れた治療薬が相次いで開発されたこともあり、成果は上がりました。しかし、高血圧の方を薬物治療すれば確かに重篤な病気の発症は減るのですが、もともと正常な方と同じにはなりません。さらに高齢化にともない高血圧の方は増加してゆくことが予想されます。 このため、1996年よりさらに一歩すすんで食生活や運動などの生活習慣の改善で高血圧、高コレステロール血症、糖尿病、肥満そのものを予防しようという方向になりました。これが生活習慣病予防対策です。

また近年、複数の動脈硬化の危険因子が偶然に重なるのではなく、内臓脂肪の蓄積がおおもとの原因となっている動脈硬化のハイリスク状態が注目されてきました。その背景には過食と運動不足によって生じる栄養過多があります。ますます増加が懸念される虚血性心疾患などの心血管病に対して効率のよい予防対策を講じるためメタボリックシンドロームの診断基準が作られました。来年度よりこの検診が本格的に始まります。メタボリックシンドロームでは心血管疾患の発症が、1.8倍に増加するといわれています。一方で国民栄養調査などの結果から成人男性の約5割、成人女性の約2割にメタボリックシンドロームあるいはその疑いがあるとされています.高血圧、高コレステロール血症、糖尿病、肥満、喫煙習慣などの従来の危険因子をお持ちでない方も,ぜひウエスト周囲径をチェックしてみましょう。