保健の窓

胃・十二指腸潰瘍の治療の最近のトピックス

鳥取大学医学部臨床薬理学講座助手 北野雅之

 

医学がめざましい発展を遂げている現代、薬物治療は、手術による治療と共に医療の中心になってきています。約25年前ま で、胃潰瘍・十二指腸潰瘍は、難治性の病気として多くの患者が手術を受けていました。この潰瘍の原因は胃酸の量と胃・十二指腸の粘膜の酸に対する防御のバ ランスが崩れた時に発生すると考えられていたので、世界の製薬会社が先を争って、胃酸を抑制する薬を開発していました。1972年、ブラックというイギリ ス人研究者のグループが胃酸を著明に抑制するヒスタミンH2 ブロッカーという種類の胃薬を開発し、以後ほとんどの患者が手術を受けずに内科の外来通院で潰瘍を治すことができるようになりました。1981年、スウ エーデンのアストラ社は、プロトン・ポンプ阻害薬という更に胃酸を強く抑制する薬を開発しました。

これらの薬により、殆どの潰瘍を治療できるよ うになりましたが、治癒後、それらの薬を中止するとまた再発することが次の問題となりました。もともと潰瘍患者の胃や十二指腸粘膜は潰瘍を起こしやすい状 態になっているために胃酸が元の状態に戻ると再び潰瘍が発生するようです。その潰瘍を発生しやすくしている原因として、最近ヘリコバクター・ピロリが注目 されています。潰瘍患者のほとんどがこの菌を持っています。この菌を胃酸分泌抑制剤と抗生物質で取り除くと、潰瘍の再発率が飛躍的に減少することが報告さ れています。今後、このヘリコバクター・ピロリを治療して除去することが主な潰瘍の治療となり、潰瘍治癒後も再発しなくなり、更に胃・十二指腸潰瘍の患者 数が減ってくることが予想されます。

近年の医学の進歩、なかでも遺伝子関連のそれは、目を見張るものがあります。
薬に対する個々人の反応の違いも、実は遺伝子に関係していることが分かってきました。最近、胃酸分泌抑制剤であるプロトン・ポンプ阻害剤の効果に、遺伝子の違いに よって個人差があることが注目されてきています。このプロトン・ポンプ阻害剤は、肝臓にあるチトクロームp450 (CYP 2C19)という酵素によって代謝され効果がなくなります。日本人の場合、この酵素の力の強い人が4割、中程度の人が4割、弱い人が2割を占め ます。この酵素の力の強い人では、弱い人と比べこの薬の内服後の血液中濃度が低いままで、胃酸の抑制効果も弱くなり、潰瘍に対する治療効果も弱くなること が予想されます。

さらに、潰瘍の原因と考えられているヘリコバクター・ピロリに対する治療を行う時にプロトン・ポンプ阻害剤と抗生物質を使用し ますが、この酵素の力の強い人ではその抗生物質の効果まで弱くなり、この菌の退治ができなくなる可能性があります。また、反対にこの酵素の力の弱い人で は、この薬の血液中濃度が高くなり、副作用が起こりやすくなります。

つまり、今まで大人であれば同じ量が使われていた薬も、実は個々人によって 使用量を調節する必要があると考えられるようになってきました。将来、このプロトン・ポンプ阻害剤を使用する時には、遺伝子診断を受けて治療に臨むとより 効果的により安全な治療が受けられると考えられます。

当教室では、薬の代謝能力の遺伝子診断を行っていますので、胃潰瘍や十二指腸潰瘍に対する薬の効果が弱いのではないかとお考えの方は、主治医の先生を通じて是非当教室にご相談下さい。