保健の窓

肛門疾患の古典的治療-先人の知恵に学ぶ-

鳥取県医師会理事 米川正夫

 

肛門疾患は、日本人の3人に1人は一生のうちに罹(かか)る病気だと言われています。肛門疾患の治療は、まず第一に生活習慣の改善、お薬による治療、注射療法などの治療法があります。早い段階で治療を開始すれば手術の必要な患者さんは全体の約2割くらいだと思われます。ところが、肛門の手術は痛くてつらいというイメージがあり、受診をためらっている間に悪化してしまい結局手術をしなければ治らない患者さんがたくさんいらっしゃいます。

近年、肛門疾患の治療に対する古典的治療が見直され再評価されつつあります。特に、痔瘻(じろう)に対するシートン法という古典的結紮療法(けっさつりょうほう)の有用性が認められ、この治療を行う施設が増えてきました。この治療法は古代インド、ギリシャのヒポクラテス、明の時代の中国などで行われていました。我が国では江戸時代に華岡青洲(はなおか せいしゅう)や本間棗軒(ほんま そうけん)などによる詳細な治療法を書いた医学書が出版されています。この治療法は根治性が高く、肛門の機能も損なわない良い方法でしたが、明治以降に欧米から導入された近代医学を学んだ外科医たちに評価されず、ごく一部の施設で行われていました。約10年くらい前から、肛門専門医の間で古典的治療が再評価され、現在では痔瘻のみならず、痔核(じかく)や裂肛(れっこう)の治療にも古典的治療が取り入れられるようになってきています。当院でも、95年から痔瘻の手術に、97年から痔核や裂肛の手術に古典的治療を取り入れてきました。それ以前に行っていた手術に比べて根治性が高く、合併症も少ない良い方法だと思います。本来、外来で行われていた治療を応用していますので、日帰り手術や1?2泊の短期入院手術が可能となりました。

また、保存的治療には主に漢方薬を使っています。漢方薬には肛門疾患の治療に用いることが出来る処方が沢山あります。出血、痛み、腫れなどの症状に非常に効果があります。便通の異常(主に便秘)や体質を改善する事から再発を防ぐ効果も期待できます。さらに、漢方薬だけで根治させることが出来なくても、病状を軽くすることにより手術を回避できたり、控えめにすることが出来ます。  次回は、古典的治療を応用した手術方法についてお話しいたします。

1.痔核(じかく)の治療法

古典的な痔核根治術には、病変部を薬物を用いて腐食(ふしょく)させる方法と結紮(けっさつ)し脱落させる方法があります。結紮による方法には分離結紮術(ぶんりけっさつじゅつ)があり、肛門部に出来た余分な組織を内痔核や外痔核も含めて一括して結紮し時間をかけてゆっくり除去し、正常に近い状態に戻す方法です(図1)。脱落するまでに約2週間、その後2?3週間で手術による傷は治癒しますが、普通の手術方法に比べて、その傷あとは柔らかく伸展性に富んでいます。術後3ヶ月くらい経つと手術創は全く分からなくなります。

2.痔瘻(じろう)の治療法

瘻の古典的治療も、薬物による腐食療法と様々な素材による結紮療法があります。結紮療法には腐食剤を浸み込ませた糸による方法とシートン法と呼ばれる方法がありますが、当院では生ゴムの紐(ひも)を用いています。痔瘻の瘻管(トンネル)の中にゴム紐を通し、ゆっくりと締めながら瘻管を徐々に解放する方法です(図2)。瘻管を切開、開放する点では一般的な手術方法と同じですが、メスで一気に切開、開放するのではなくゴム紐で時間をかけながらゆっくり開放する点が大きく違っています。組織が少しずつ切開されながら奥から切開創が修復してくるので肛門の変形や機能障害をほとんど残しません。

3.裂肛(れっこう)の治療

裂肛の治療では、まずニトログリセリン軟膏(なんこう)を用いて治療を行います。ニトログリセリン軟膏による血管拡張作用と筋弛緩作用(きんしかんさよう)により、かなり進行した慢性裂肛でも治癒する例が多く驚きます。この方法でも治癒しない場合は、分離結紮術を行います(図3)。この方法は、一般的な外科手術で行われる「内括約筋切開術」、(ないかつやくきんせっかいじゅつ)「裂肛切除術」、「皮下外括約筋切開術」(ひかがいかつやくきんせっかいじゅつ)を一度に行う方法です。

4.まとめ

いずれの方法も、根治性が高く、肛門の機能や形態を損なうことが少なく良い方法だと思っております。強いて難点を上げるとすると完全に治癒するまで少し時間がかかる事でしょうか?