保健の窓

心身症と胃潰瘍治療

東部医師会員・前鳥取県医師会長 入江宏一

 

心身症という言葉が、わが国で広く一般に知られるようになったのは、1982年2月に起きた羽田沖の飛行機事故がきっかけでした。機長の操縦ミスの原因は心身症のためと報道されましたが、実際には心身症ではなく統合失調症によると判明しましたが、それ以来、心身症というと精神の病気と理解している人が多いようです。しかし、それは間違いで、心身症というのは健康な人に心理的・社会的にストレスが加わり、不安や緊張などの精神的負担が持続する結果、自律神経系のバランスが崩れて、体の色々な部位に症状や病変が現れてくる病気のことをいいます。

心身症を説明するのに、ストレスという言葉を使いました。この言葉はもともと物理学の表現で、均衡状態にある物体に、外部から力が加わると、それを押し戻そうとする力が内部に発生し、不均衡な状態になります。この状態を「歪み」つまりストレス状態であると定義されています。

カナダのハンス・セリエという生理学者がこの物理学の考え方を生体にあてはめて、ストレス状態とは体に「歪み」を生じた状態と説明しました。そして、「歪み」を起こす原因(刺激因子)をストレッサーと呼びました。

このストレッサーには不安、緊張や怒りなどの心理的因子の他に暑さ、寒さ、騒音、臭いなどのような物理的、化学的因子があります。

ストレスは色々な形で体に影響を与えますが、一般には心臓や血管系を興奮させ、消化器系には抑制するように働きます。これはストレスが自律神経のうち、特に交感神経の緊張を引き起こすためです。

ストレスは高血圧や狭心症、胃潰瘍、気管支喘息などの内科疾患のみにならず各科にわたるさまざまな病気を引き起こします。これらはストレス関連疾患と呼ばれます。日常生活面では喫煙量や飲酒量が増加し、ストレスによって弱った胃をますます痛めつけることになります。

したがって、胃潰瘍は代表的な消化器系の心身症であり、最近、胃潰瘍治療剤の出現により、治癒率は大変向上してきましたが、再発する例、難治化する症例があり、その治療には心身症的なアプローチが重要となります。一般に潰瘍の発症については、体質因子が考えられていますが、この遺伝的な素因に加えて、生活習慣上の歪み、心理的社会的ストレスが加わって、はじめて潰瘍が発生すると考えられており、再発防止のためにはストレスをためないための自己コントロールが必要となります。