保健の窓

増してきた感染症の脅威―感染症新時代―

鳥取県医師会常任理事 岡空謙之輔

 

順調に減少してきた結核患者の新規登録者数が平成8年を境にわずかながら増加に転じたことで、厚生省は平成11年結核緊急事態宣言を発しました。

ここ数十年間エイズ、エボラ出血熱、O-157など人類がかって目にしたことのない感染症(新興感染症)に遭遇する一方、上に触れた結核や一部の性感染症、病原体に起因する食中毒など解決済みと思われた感染症(再興感染症)の手痛い逆襲にあったのはご承知の通りです。

またMRSAやVREなど抗生物質の効かない細菌(耐性菌)感染や、なんらかの原因で抵抗力が落ちたとき弱みにつけこんで発症する感染症(日和見感染)など人類を取り巻く感染症が様変わりしてきました。

日本医師会では昨年11月26日「感染症新時代 見直される予防・治療」と題して市民公開講座を開催しました。この講座は1月19日にNHK教育放送で放映されご覧になった皆さんもあろうと思います。感染症対策はひとごとではすまない、市民の皆さん一人ひとりも気を付けてもらわないと解決しないというのがまとめの言葉でした。

これに参加して学んで来たことを中心に解説し最近の感染症環境はどんな状態かを理解してもらい、これから対策にあたるべき環境作りに役にたてて頂ければ幸いです。

なぜ感染症新時代なのか。まず人と物の移動手段が船舶から航空機にかわり、地球上どこへでも、その日のうちに到達出来、国際間の時間的距離が極端に近くなったこと、生活習慣、衛生環境の変化に伴って高齢化社会を迎え、何らかの形で抵抗力の弱い年齢層が増加したこと、性行動が活発化してきたことなどの要素があげられます。

恐れられているエイズ、エボラ出血熱などはもともとアフリカ中部や北部地域に限局し、あるいは人に流行の経験の無かった感染症です。堺市の学童の間で5000人もの大流行をして一躍有名になった腸管出血性大腸菌O-157は、大腸菌が腸管出血性毒素を獲得して、人に伝染した牛の腸内に常在する病原菌で、これらの、もともと感染したことのない病原菌に対しては人類は免疫を持たないため、突然の大流行を来す可能性が強いことが理解されます。交通が便利になり、感染しても発病するまでに次の国へ入ってしまう機会が多くなり、国内侵入を水際で防ぐのは至難の業となりました。食材の輸出入も盛んになった今、食べ物を介して感染する病原菌にも同じことがいえます。

結核に代表されるいわゆる再興感染症がクローズアップされてきた理由は昨年のこの講座で勉強した通りです。

日和見感染症とは免疫の低下した状態の人などの弱みにつけこんで発病する感染症で、カリニ肺炎とか抗生物質耐性菌でご存じのMRSAなどがあり、免疫獲得機能を低下させることが最大の問題であるエイズ感染者、悪性腫瘍の末期のひと、免疫抑制剤を使用している場合には一層の脅威といえます。

性行動の活発化は性感染症患者の低年齢化を来たし、これらの病気はエイズにかかりやすく、またうつしやすくするといわれています。

終生免疫も今や伝説化の傾向を示してきました。
ワクチン等予防接種に期待するとともに、各人が感染症の脅威を認識して、自ら感染を防ぐことに努めなければ感染症から身を守る道は厳しいというのが結論でした。