保健の窓

危険な中高年男性うつ病-うつ病の発見、接し方-

鳥取大学医学部統合内科医学講座精神行動医学分野教授 中込和幸

 

うつ病は男性より女性に多い疾患です。一方、うつ病と関連が強い自殺者については、中高年男性が多いことがわが国の特徴です。A氏(49歳)の例をみてみましょう。

A氏は中堅電機メーカーの経理畑で長年勤めてきた、几帳面で責任感が強く、自宅では心やさしいよき夫、2児の父親であった。課長に昇進後、ぐっすり眠ることができず、ふだん飲みつけないお酒を飲むことが増え、それとともに食事量が減少。1ヶ月で体重が5kgも減少した。徐々に家族との会話も減り、ため息をつく姿がよくみられるようになった。1ヶ月後に、上司に「責任を果たせない、職場に迷惑をかけるので辞めたい」と訴えたが、「こんな時期に辞めるのは無責任、おまえしかいない」とハッパをかけられて、いったんは思い直した。しかし、その後、職場で様々な案件について決断できず、仕事がたまる一方であった。ある晩、突然涙を流し、妻に対して土下座をして「もうだめだ、迷惑をかけて申し訳ない」と謝り始めた。驚いた妻は近所に住むA氏の兄に連絡をとり、かけつけてもらった。A氏の兄は、A氏の話をよく聞いたところ最近1週間死にたい気持ちがつのっているとのことであったため、同伴の上、精神科を救急受診した。

A氏のように、本人がうつ病にかかっていることに気づかない場合も少なくありません。周囲から、「飲酒量が増えた」、「急にやせてきた」、「よくため息をつく」、「仕事の能率が落ちてきた」といった変化がみられた場合は、説教や励ましなどすることなく、よく話を聞いて、憂うつな気分や死にたい気持ちなどが聞かれたら、一緒に専門家を受診することが重要です。


 

先週、自分でうつ病と気づかない場合も少なくないこと、周囲が気づくことの重要性を本コラムで強調しました。「周囲」とは、家族、職場の上司・同僚、友人、かかりつけの医師などを指します。皆さんの気づきや接し方によって、うつ病の早期発見・治療および自殺予防が進むのです。それでは、うつ病にはどのような徴候があるのでしょうか、また、どのように接して、精神科受診につなげればいいのでしょうか。

中高年男性うつ病の場合:①何にも興味を示さなくなった、②飲酒量が増えた、③遅刻、欠勤が目立つようになった、④死にたいなど悲観的なことを言う、⑤てきぱきとやれなくなった、⑥涙もろくなった、⑦以前と比べ、急にやせてきた、⑧いつもと違うことをしはじめた、または習慣化していたことをやらなくなった(身辺整理,新聞を読まない)、⑨朝早く目覚め,イライラ,気分の沈みがみられる

上記徴候がみられたなら、うつ病が疑われます。そうした場合、まずはよく話を聞くことです。死にたいというショッキングな話でも途中で遮ることなく、十分にその気持ちを表現させてあげることです。その上で、本人が受け入れやすい症状について、その治療のために精神科受診を薦めることです。たとえば、「憂うつな気分」はなかなか病気の症状ととらえられず、治療につながりにくいものですが、「眠れない」ということについては、意外に治療を受け入れやすいものです。一方、なかなか決断がつかないこともうつ病の症状の一つです。いったん受診することを決めても実行に移すことがためらわれることも少なくありません。ぜひ、一緒に受診することが重要です。