保健の窓

前立腺の話

鳥取大学医学部器官制御外科学講座腎泌尿器学 教授 宮川征男

 

前立腺というのは膀胱の出口で尿道を取り囲むように存在している、栗の実に似た形の、15~20mlくらいの臓器です。精液を作るためのものであり、男性にしかありません。

50歳頃から、前立腺の中に瘤ができ始めます。この瘤が癌ではなく、良性の腺、筋、線維組織でできているのが前立腺肥大症です。60歳台で60%、70歳台で80%、80歳台では90%以上の男性にあるという、非常に多い病気です。

瘤が増えると、前立腺は全体として硬く、大きくなります。中を通る尿道は圧迫され、尿が通りにくくなり、これに負けないように膀胱は高い圧で尿を送り出すようになります(高圧排尿)。この状態が続くと、膀胱の筋肉や神経が傷んできます。

その結果、色々な排尿症状を生じるようになります。尿意が強くなり、しょっちゅうトイレに行ったり、トイレに着く前に尿が漏れてしまったり、尿が出にくくなり、お腹に力を入れて出しても勢いが悪いままであったり、ついには尿が出なくなったり、といった具合です。

排尿に苦痛を感じるようになったら、治療を始めるのがよいでしょう。20年くらい前までは、お腹を切って大きくなった前立腺を取り出したのですが、今はお腹を切らずに尿道から内視鏡を入れて、前立腺を削り取る手術が一般的になりました。さらに、とてもよく効く薬ができましたので、どうしても手術をしなければならない人は少なくなりました。また、前立腺を温めて症状をとる治療も行われています。

70歳を過ぎた男性の3人に一人は前立腺肥大症の治療を受けているといいます。排尿に苦痛を感じたら、歳のためだとあきらめないで、治療を受け、より快適に過ごしてください。


 

今回は前立腺癌の話をします。前立腺肥大症と同様、高齢男性に極めて多い病気です。

癌といっても全てが進行していく癌であるかどうかははっきりしていません。直腸から指を入れると硬結を触れ、ほっておけばますます大きくなり、やがては全身に転移し命とりになる、いわゆる臨床癌と、診察では癌を疑う所見はないのに、前立腺肥大症の手術で摘出した前立腺をよく調べてみたら小さなおとなしい癌細胞が見つかったといった、いわゆる潜在癌もあります。

臨床癌の場合には、もちろん治療が必要です。ほかの癌と同様に、手術や放射線治療がありますが、もっと簡単で大変よく効く治療法があります。男性ホルモンをできるだけ低くする治療です。内分泌療法とよばれます。

体内の男性ホルモンを低くする方法として、古典的には両方の精巣を摘除しますが、最近は注射剤で同様の効果を示すものが作られています。しかも、3ヶ月に1回の注射でよいのです。ただ、精巣摘除や注射剤だけでは副腎から分泌される男性ホルモンは押さえられないので、抗アンドロゲン剤を併用し、徹底的に男性ホルモンを除去することが多くなっています。

癌は早期に発見すれば、より簡単な治療法で、より高い効果が得られます。前立腺癌は血液の中のPSA(前立腺特異抗原)を調べることで、早期発見が可能となりました。採血(PSA検査)、直腸からの触診、超音波検査で前立腺癌の疑いがありそうかどうか判断します。苦痛のない診断法です。さらに、仮に癌があったとしても必ずしも直ちに治療が必要と言うわけではありませんし、治療が必要なものでも比較的早期のものであれば、内分泌療法で十分です。

60歳以上の男性で、まだ前立腺癌検診を受けたことがない人は、恐れずに早く診断を受けてください。