保健の窓

人工万能細胞と再生医療

鳥取大学大学院医学系研究科遺伝子医療学部門教授 汐田剛史

科学常識覆す大発見

今、医療の新しい息吹が萌え出ようとしています。再生現象を支える細胞を幹細胞といい、幹細胞を利用した医療が再生医療です。再生医療は、肝不全、心不全などの臓器不全だけでなく、がん、変性疾患を治療できる新しい医療として大きな期待を集めています。

人工万能細胞は京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授により樹立された細胞です。皮膚の細胞に4個の遺伝子を入れると、すべての細胞に変化できて、無限に増殖する能力をもつ万能細胞に変わります。皮膚だけでなく、肝臓、胃の細胞も人工万能細胞に変わることができます。体を構成する細胞は、人工万能細胞となった後、肝臓、神経、筋肉など体のあらゆる細胞に変わることができるのですから、科学常識を覆(くつがえ)す驚天動地(きょうてんどうち)の大発見です。今、100年に一度の経済不況の時代と言われますが、科学の世界の100年に一度は人工万能細胞です。人工万能細胞の作製は理論的には可能でしたが、誰もこんなに早くできるとは思いませんでした。理論的に可能なことは、研究者の優れた発想力と困難に挑む精神力があれば実現することができる。現代医科学の実力と日本人研究者の優秀さを示しています。

再生医療実現化への戦略

人工万能細胞は、再生医療の実現への戦略を示しました。それは、第一に、安全な人工万能細胞の作製です。細胞へ入れる遺伝子数はできるだけ少ないことが望ましく、今年4月米国のスクリプト研究所のディング博士が、遺伝子を使用せずに作製することに成功しました。第二に、万能細胞を種々の細胞へ変える技術の開発です。この二つの技術を融合すれば、オーダーメイド再生医療ができます。

再生医療技術が完成すれば、肝臓がん治療においては、がん治療後に、分化肝細胞を移植し、残存する肝機能を強化し積極的ながん治療を可能にします。脊髄損傷に対しては、患者さんの皮膚細胞を人工万能細胞へ変換後、神経細胞に変化させ、病変部へ移植すれば治療可能です。この試みは動物実験レベルでは成功しています。ひとに応用される日もそう遠くないでしょう。

今後、再生医療の基盤を強化するには、人工万能細胞の仕組みの解析が必要です。ひとの全ての細胞は同じ遺伝情報をDNAに持ちながら、各細胞は異なる性質を持ちます。これをDNAの上位の制御機構という意味でエピジェネティックスといいます。エピジェネティックスが解明できた時、再生医療の基盤は強固なものとなるでしょう。