保健の窓

最近の呼吸器感染症の動向とその予防

鳥取大学医学部統合内科医学講座分子制御内科学教授 清水英治

 

風邪、急性気管支炎、肺炎などを総称して呼吸器感染症といいますが、細菌、マイコプラズマ、クラミジア、ウイルスなどの微生物が原因となります。中でも肺炎は日本人の死亡原因の第4位で2000年には8万7千人が死亡しています。戦後、肺炎による死亡率は減少し続け、1970年代に最低となり、その後は高齢者の増加とともに増え続けています。ウイルス感染ではインフルエンザが最も重要で、冬から春にかけて香港A型、ソ連A型、B型の流行がみられています。インフルエンザによる肺炎もみられますが、肺炎球菌など細菌による二次感染も起こり易くなり、インフルエンザが流行した年は肺炎による死亡率の増加がみられます。アデノ、パラインフルエンザ、RS、コロナ、麻疹などのウイルスも肺炎の原因となります。

最近、コロナウイルスは新型肺炎・重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因として注目されていますが、従来から日本でも冬から春にみられ、一週間程度で自然治癒する風邪の原因ウイルスの一つです。SARSは人畜共通感染症で、動物の体内で変異したコロナウイルスが動物から人に感染して発症したと考えられています。人畜共通感染症として、クラミジアによるオウム病肺炎がありますが、人から人への感染はないので大流行はしません。

SARSは人から人への感染力が強く、現在確実な治療法がないので感染予防が重要です。インフルエンザに対しては最近治療薬が開発されましたが、呼吸器関連の他のウイルスには確実な治療薬はなく、対症療法や細菌による二次感染に対する治療が中心となり、普段からの予防が重要です。次回はウイルスによる呼吸器感染症の予防についてお話します。

呼吸器へのウイルス感染症の予防についてお話します。ウイルスの感染症の予防には、宿主(人)側因子とウイルス側因子を考慮する必要があります。この両者のバランスにより、ウイルスの宿主への感染・発病が決まります。ウイルスの感染力が強くても、それ以上に宿主の防御力が強ければ発病はしません。宿主側の防御力を高めるためには過労やストレスを避け、十分な睡眠、適正な食生活が必要です。呼吸器感染ウイルスにとって33℃前後が適温であり、冬季には鼻腔内の温度がこの程度になります。乾燥した空気は、鼻やのどの粘膜を乾燥させ、気道の線毛運動や粘液の流動性を低下させることによりウイルス除去を難しくします。マスクの着用は気道の保温や保護にために有効です。喫煙は気道上皮を障害しますので、粘膜保護やウイルス除去機能を温存するためにも禁煙は必要です。

ウイルスの伝搬は、せきによる空気感染、飛沫感染だけでなく、ウイルスを含む鼻汁などに汚染された手から手へ伝搬し、鼻や眼から体内に侵入する経路(接触感染)もあり、外出後の手洗いとうがいの励行も有効な予防法となります。ウイルスそのものは極めて小さいのでマスクでは空気感染はほとんど防御できませんが、ウイルスを含む飛沫(くしゃみやせきででるしぶき)感染はかなり防御できます。特に、外科用マスクやN95と呼ばれる細かい粒子の吸入を防ぐことのできるマスクはより効果的です。

また、飛沫感染では発病者より2m離れると感染のリスクがかなり低下します。インフルエンザの発病予防法として現在ワクチン予防接種と抗インフルエンザ薬の予防内服があります。感染しても発病しなかったり、発病しても軽症化できますので、慢性呼吸器疾患患者や高齢者には流行期の前に予防接種を受けることをお勧めします。

SARSウイルスに対しては現在発病予防薬、治療薬もなく、感染予防が最も重要です。高齢者や糖尿病患者は特に重症化し易いことが知られており、手洗いやうがい、人混みでのマスクの着用が重要です。中国・香港・台湾などの流行地から帰国後にせきや息切れなどの呼吸器症状、38℃以上の発熱があり、SARSが疑われる患者さんは一般病院を直接受診しないで、最寄りの保健所に電話相談する必要があります。病院には免疫力の低下した患者さんが多く、病院内での感染の拡大が最も憂慮されるからです。