健康ア・ラ・カルト

【Ⅰ.健康セミナー】  1.お酒と健康―酒は百薬の長か?

日本の飲酒量は、1960年から80年の間、ちょうど高度経済成長期に爆発的に増えました。90年代にようやく横ばいになり、最近では少し減る傾向にあります。

世界中で酒の消費量が多いのは、フランス・スペイン・西ドイツなど、共通するのはどの国も全部ワインを飲むということです。日本で考える酒は、ほとんどが嗜(し)好品ですが、ワインを飲む国ではそうではありません。飲料水と同じ扱いで子供の時から飲むことが普通に行われています。食品または飲料水だと考えていただければ、ワイン圏の消費量が極めて多いことは納得できると思います。

では日本はどれくらいかというと、消費量の多い国のだいたい半分ぐらいですが、日本で酒を飲んでいる人は、目いっぱい飲んでいるのではないかと計算をしております。

アルコール解毒工場

酒はほとんどが、十二指腸で吸収されます。そして門脈を通って肝臓に運ばれ、肝臓で代謝されます。「肝臓で無毒化される」と言葉を置き換えてもいいでしょう。

肝臓はアルコールを解毒する工場であるといえますが、一方で肝臓は非常にばかな臓器でもあります。酒がどれだけ入ってきても一生懸命仕事をしてしまい途中で嫌と言って放り出さないのです。フィードバック機能がなく、とにかく入ってきたアルコールはとことん処理するまで気が済まない状況ですから、余計に肝臓の病気が起こるということになります。

酒が飲めるかどうかは遺伝子で決まる

酒の付き合いができなくて困っているという人がいると思います。実は酒の飲めない体質というのは遺伝的に決まっているのです。

肝臓に到達したアルコールは、アセトアルデヒドという物質に代謝されます。この物質は非常に毒性が強く、二日酔いの時に頭が痛かったりどうきがしたりするのは、このアセトアルデヒドの作用です。これが体の中に残っては困りますので、すぐアセテートという酢酸と水にまで代謝され分解されます。

この時に必要なのが、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)という酵素です。ALDHの中にも幾つも種類がありますが、中でもALDH2という酵素が一番大事です。

ALDH2は活性の強い酵素と弱い酵素があります。その強弱が遺伝子で決まっている。それもたった一つの塩基配列の違いで決まってきます。こういう遺伝子を持っていることを知らないで無理強いしますと命を落とすということになりかねません。

日本人で酒を飲めない遺伝子をもっている人は大体44%です。このうち全く飲めない人は約10%。同じような分布を示しているのが東洋人で、顔が赤くなってドキドキしたりすることをオリエンタルフラッシャーといいます。一方白人ではこの確率は0%です。黒人も大体同じです。

酒がもたらす障害について

酒を飲みすぎると、必ずしも肝臓だけではなくすい臓にも病気が起こってくるし、胃・心臓・頭にも起きてきます。食道のがん、最近では大腸にもがんができやすいということが分かり、非常に注目を集めております。肝硬変と肝がんで亡くなる方は年間4万2千人ぐらい、この中でアルコール性の肝障害の比率は、12から13%ぐらいです。

次に、全部の肝硬変の中でアルコール性の肝硬変の人ですが、だいたい肝硬変全体の15%くらいがアルコール性の肝硬変と考えてよいと思います。ところが酒が原因の肝硬変と言われている人の半分ぐらいはC型肝炎ウイルスが合併しており、その人たちの中から、非常に高い確率でがんが出来ているのです。

肝臓の力が弱ってくると、まず胆汁の処理がうまくいかなくなります。このことで起こってくる症状が黄だんです。ところが非常に軽い時期の黄だんを皮膚で見つけるにはものすごく難しい話です。一番良いのは太陽光の下で白目の部分を見て、黄色かどうか調べてもらうことです。

尿の色に気をつけていただくことも大切です。尿の色が濃くなったら、肝臓が悪いのではないかと疑ってみてください。焦げ茶色、ないし茶の濃いような色の尿が日中になっても出るようだと、危ないと思って医師の所をお尋ねいただきたいと思います。

その他、いろいろな所に肝臓の病気の兆候は現れてきますので注意して下さい。

酒と肝臓病

病気が起こるほどの酒飲みは、ほとんどがアルコール依存症と言っても言い過ぎではありません。慢性的なアルコール依存症は「やめなければいけない」という自覚はあるのですが、やめることも節酒することもできなくなっている状態です。

この状態をずっと続けていると、アルコール精神病といわれるコルサコフ病などいろいろな精神的な症状を起こして、最終的にはアルコール痴ほうにまで至るという悲惨な結果に至ります。

酒を止めると我慢できないほど飲みたくなるのが精神的依存です。飲まないと体が震えてきたり、冷や汗が出たり、どうきがしたり、体の症状が出てくる。これが身体的依存です。身体的依存まで参りますと精神科の専門医に診療していただくのが一番いいと思います。絶対飲ませてはいけない患者に「一杯ぐらいなら良いだろう」という内科の先生方のお慈悲が症状を悪くしているというのが精神科の先生方のご批評です。

アルコール依存症の人の治療は簡単ではありません。まずはアルコール依存ということを理解していただく。アルコール依存症だということを否認することを打ち破ることから始めないとアルコール依存症の治療はできません。

それから、断酒を継続するための精神療法も必要です。酒をやめるためのいろいろな自助グループがあります。このような会に入ることによって酒をやめる人もたくさんいらっしゃいます。

さらにもう一つ。飲酒をしない環境をつくってあげることが非常に大切です。我々もその仕事を預からなくてはいけないと思っておりますし、国の厚生省もこのような方面にも、少し力を入れてくれたらいいのではないかと常々思っております。

酒を上手に飲む

容量に度数と酒の比重をかけて計算しますと、日本酒1合の中には大体23グラムのアルコールが含まれていることになります。そうすると1合の酒を大体30分で飲んだと仮定して、体重が60から70キロの人が1時間で約7グラムぐらいのアルコールを代謝することができます。つまり1合の酒を完全に分解するのには約3時間かかることになります。夜飲んではいけないわけではありませんが、大体1合以内に留めておかないと、次の日まで残るということです。

酒飲みの中で常習といわれる人は1日3合飲む人のことを言います。大酒飲みは5合ぐらい飲む人。そうすると、大酒飲みで25年間酒を飲み続けますと、約1トンの純粋なアルコールを肝臓は処理し続ける。これでは病気になるのは当たり前だと思います。

最近、休肝日として週に1回ぐらい飲まない日をつくる人がいますが、休肝日という言葉は酒を上手に飲む非常にいい方法だと思います。ただ明日休肝日だから今日は朝も昼も夜も飲んでおこうというのでは、全く意味がありません。休肝日を設けるのは全体のアルコールの消費量を減らすために設定するわけで、前の日に倍のお酒を飲むと何のための休肝日か全く分かりません。

ゆっくり時間をかけて飲む

それから、何と言ってもお酒を飲む時には食べながら飲んでいただくことが大事です。濃いお酒でしたら割って、時間をかけて飲むことも大事です。食事をしないでお酒を飲むとアッという間に血液中のアルコール濃度が上がってしまいます。高濃度のアルコールが肝臓の方にいかないようにするためには割って飲む、食事をしてから飲む、ゆっくり時間をかけて飲むことが大事です。

酒は本当に百薬の長か?

それでは最後に酒は百薬の長かということについてお話しします。まず長寿と酒は関係がありますかと言われれば、イエスと言ってもいいのではないかと思います。たとえばフランスでは、乳脂肪の消費量がかなり多いにもかかわらず、心臓の病気で亡くなる人が少ない。この現象のことを「フレンチ・パラドックス」と言います。

これは動脈硬化を予防する抗酸化作用をもたらすポリフェノールという物質の働きが作用しているために、心臓の病気で亡くなる方が少ないのではということです。

ちなみに、ポリフェノールの量がどれくらい含まれているかを見てみますと、赤ワインがダントツです。うれしいことに緑茶にもかなり含まれております。

また酒を飲むと善玉コレステロールが少し増えてくるということが分かっております。酒を飲む量が多くなればそれだけ血液中の善玉コレステロールの量が増えてくる。これが動脈硬化を予防し、心筋梗塞(こうそく)などの心臓の病気を予防してくれるであろうと考えられております。

アルツハイマーの人も酒を飲んでいる人は少ないというデータが出て参りました。これも脳の血管と関係しているのかもしれません。

全体の死亡率ではどうかというと、酒を全く飲まない人よりも少し飲む人の方が死亡率が低い、逆に酒をたくさん飲むと死亡率がまた上がる。少ない酒であれば、色々な原因があったとしても死亡者が少なくなるようです。

いろいろ申し上げましたが、私の言葉を申し上げるよりも、これは千利休の言葉だと聞いておりますが「一杯は人、酒を飲み。二杯は酒、酒を飲み、三杯は酒、人を飲む」という良い言葉がありますので、これをご披露して終わりたいと思います。

(金沢医科大学消化器内科教授 高瀬修二郎)