Joy!しろうさぎ通信『DiversityとSustainability』

鳥取医療センター  田中 愛(旧姓 林)


 平成16年に地元である鳥取大学を卒業し、脳神経内科医をしています。
 認定医、専門医、学位、指導医と、それらの取得と同時に常に妊娠出産は同時並行であり、これまでに4人の子供を出産しま
した。私の場合、院内保育園のある職場環境に常に恵まれたことで、完母ではありましたが休憩時間に授乳に通えるため、子が
生後6か月になるタイミングで毎回復職することができました。今年5人目を出産予定です。結婚を機に縁あって8年ほど埼玉
で暮らすこととなり、鳥大から埼玉医大に転入局しておりましたが、現在は郷里にUターンして早5年目となります。
 私はいわゆる現在の初期研修医制度の第1期世代です。当時の思いは、今でも鮮明に覚えています。
 母校の医局に入局し、すぐ一つ上の先輩方と同じレールの上を大学院に専門医にと、同じようにキャリアを積んでいけばいい
のだと、そう思っていた矢先、ある日突然道のない荒野に放り出されたような、そんな思いでありました。
 事実、今ほど初期研修医制度自体がまだ完全に確立・洗練されていない初期の時代です。上京できるチャンスを得たとばかり
に、マッチングで都会の有名研修病院や有名大学病院に、多くの地元出身の同級生が母校を去っていきました。しかし制度初期
のため、どの施設でも画一的な研修が統一してどこでも潤沢に受けられるという状況ではありませんでした。また当時は初期研
修と大学院入学の同時スタートは認められておらず、完全に大学院入学のタイミングを失った状況となっていました。初期研修
が無事終わった後も、関連病院派遣や研修病院残留での後期研修、専門医取得と、臨床のスキルアップを優先していると結果そ
のまま大学に帰りそびれ、気づけばどのタイミングで大学院に入ればよいのか分からずに迷走してしまうこともあった世代とも
言えると思います。
 そのような時代の波の中で、さらに女性医師は専門医取得や学位取得といったキャリア形成と、大きなライフイベントである
結婚・妊娠・出産とのタイミングを、どのように両立すればよいのか、またどの順序でどうするのが正解なのか、全ての女性医
師が大変に右往左往したのではないかと思います。
 この度、「第3回鳥取県女性医師の会」に参加させて頂き、そこで自身のこれまでの経験をお話させて頂く機会を得ました。
私のような若輩者が、自身の経験をえらそうに語るのは大変におこがましく、お話を頂いた時には畏れ多いと思いましたが、も
し今の若手の女性医師の先生が、現在進行形で自身の今後のワークライフバランスに悩んでおられるのだとすれば、それは同じ
初期研修医制度下におかれた世代の中での先輩の経験談も聞いてみたいという思いはきっとあるに違いないと考え、勇気を出し
てこの度自身の話をさせて頂くことにしました。
 この会が東部で開かれるのは初めてであり、私も今回が初参加でした。当初のコンセプトは若手女性医師に向けてという趣旨
が大きかったように記憶しているのですが、実際には参加者のその多くが、既に子育ても自身のキャリア形成も終わられた大先
輩方が多く応援に来て下さっており、私自身もこの会への参加を通して非常に励まされる思いでした。またワークライフバラン
スについて悩んでいるのは、何も若手女性医師だけではなく、旧制度時代の先輩女性医師の中にも、これまで築かれたキャリア
と現在進行形の育児との今後のバランスについて悩んでおられることが分かり、幅広い年代に亘って女性医師が共通してワーク
ライフバランスの問題を抱えていることを知りました。俄かには解決し難い問題ではあると思いますが、この会への参加を通し
異年代の女性医師らがお互いにこの問題をまず認識・共有できたことが、今後この地域でいかに女性医師が輝いて働けるかとい
うことにきっと繋がっていけるのではないか、そんな気さえする非常に有意義な集会であったと思います。会には僻地医療に携
わる自治医の先生も来られ現在の悩みを発言されたり、勤務医だけでなく開業医の先生も大勢来ておられたりと、様々な職場環
境や家庭背景を持った女性医師が多く集まり、自分にとっても見識を深めるとても良い機会となりました。
 会では色々な話が出ましたが、私は授乳方法の違いによって最短どのくらいで職場復帰ができるのか、保育園環境や勤務医・
開業医かによっても大きく違ってくるとは思いますが、自分がこれまでずっと完母を選択してきた経験を通して、ワーキングマ
ザーにも授乳方法を選ぶ権利、選択肢はあってもよいはずだという話をさせて頂きました。医局ルールやこれまでの職場の前例
に縛られ強制されることなく、一人一人が授乳方法も違えばベストな復職タイミングというのも十人十色であって然るべきと思
います。つまり、一言でいうと女性医師の働き方というのは、男性医師のそれ以上に本当に一つではないと言えること、仕事と
家庭とどちらにどれだけ比重を置くのか、更には人生において結婚・出産というものを選択するのかしないのかも含め、何が正
解でどうするのが王道であるという不文律はないのだと感じています。まさに女性の働き方は働き方改革が叫ばれる数年前から
言われだした「Diversity(多様性)」そのものだと思います。女性の場合は、男性より結婚・妊娠・出産・育児の影響による
ライフスタイルの変化が劇的であり、それによるキャリアへの影響が大打撃であることは、残念ながら明白な事実です。まさに
「マミートラック」と呼ばれる状態に容易に陥ることは、医師という職種でも例外ではないと感じています。しかしその都度し
なやかに柔軟性高く働き方を変化させ、働く事を継続し続けることで最終的にはキャリアを諦めない、そんな長期的なライフプ
ラン「Sustainability(継続可能性)」が、女性医師だけではなく女性全体の社会進出には特に重要なのであろうと、この会へ
の参加を通して改めて感じました。