Joy!しろうさぎ通信『30年を経て思うこと』

養和病院 小林ゆう

 このたび寄稿の機会をいただきました。せっかくですので、医師として歩んできた30年を振り返
りながら、最近感じていることを少し書かせていただこうと思います。
 医師になってからの年月は、気がつけば30年を超えました。振り返ってみると本当にあっという
間で、「もうそんなに経ったのか」と驚く気持ちとともに、その間にいただいた多くの経験が、今
の私を支えてくれているのだとしみじみ感じています。「どうして精神科を選んだのですか」と聞
かれることがよくあります。しかし当時の私は、強い志を持って精神科を選んだわけではありませ
ん。父と精神科教授との間で話が進み、自然と精神科に入局することになった、というのが実際で
す。医学生や研修医にこの質問をされると、少し返答に困ってしまいます。当時は臨床研修制度も
なく、他大学の情報も限られており、とにかく卒業と国家試験合格で精一杯だったと言い訳をして
おきます。
 1995年に北里大学を卒業し、鳥取大学医学部精神科に入局しました。これまでを振り返ると、さ
まざまな場面が思い出されます。上級医の初診に陪席し、多くを学んだ1年目、島根県立中央病院
での救急医療の経験、国立浜田病院(現・浜田医療センター)で精神科を一人で担当した日々。そ
して2003年からは、祖父が開業した病院で勤務し、多職種の方々と協働しながら治療に当たって
きたことなど、思い返せばきりがないほどです。
 30年という年月が経ちましたが、精神科医になったことを後悔したことは一度もありません。指
導してくださった先生方、支えてくださったコメディカルの皆さん、そして回復していく姿を見せ
てくださる患者さんのおかげです。精神科にはさまざまな治療技法がありますが、患者さんが本来
持っている力を引き出し、回復へ向かう過程を支えることが基本だと思いながら診療を続けてきま
した。症状が改善し、社会生活に戻り、自信を取り戻されるまでには時間がかかることもあります
が、その変化を間近で見られるのは精神科ならではの喜びです。そして何より、患者さんのお話を
聴く時間が、私にとっては何よりの楽しみです。
 医師としての経験の中には、医師会活動も含まれています。野坂美仁先生に声をかけていただき、
西部医師会の役員として関わるようになって14年が経ちました。常任理事の先生方をはじめ、多く
の先生方が地域医療のために尽力されている姿を拝見しながら、微力ながらその一端を担わせてい
ただいています。この経験は、私の視野を広げ、地域医療に携わる者としての姿勢を育ててもらっ
た、大切な時間となっています。
 私が医学生、そして医師になった頃と比べると、医師の働き方や価値観は大きく変わりました。
かつては卒業後に医局へ所属するのが当たり前でしたが、臨床研修制度が定着し、研修先の選択肢
が広がり、医局に属さない医師も増えました。専門医制度の導入によりキャリア形成が重視され、
ワークライフバランスの考え方も広がりました。女性医師が増えたことも大きな変化で、男女を問
わず働き方が多様になっていると感じます。後輩の医師や学生さんと話していると、皆さんしっか
りと情報を集め、自分のキャリアを主体的に考えていることが伝わってきます。その一方で、医師
会役員に女性が少ない状況は、あまり変わっていないように思います。役員の仕事は外から見えに
くく、家庭や育児と両立しながら働く女性医師にとっては、時間的にも精神的にも負担が大きく映
るのかもしれません。どうすれば女性役員が増えるのかと考えることもありますが、人数を増やす
こと自体が目的ではないようにも思います。年間を通じて行われるさまざまな医師会活動に興味を
持っていただき、少しでも参加していただき、時には意見を届けていただけるようになるだけでも、
良い変化が得られるのではないかと考えます。
 10年後、社会がどう変わっているのか、医療現場がどのような姿になっているのか、そして自分
自身が元気でいられるのか──先のことを考えると不安が先に浮かびます。だからこそ、先を考え
すぎず、しなやかに日々を過ごしていきたいと思っています。