Joy!しろうさぎ通信『女性医師の子育てと仕事の両立、その中で思うこと』

独立行政法人国立病院機構 米子医療センター  山本 祐子

 故郷から800㎞離れた鳥取大学を進学先に選んだのは、海のない県で育ち海のある風景への憧憬があったからだが、まさ
か全く親戚もいないこの土地で4人の育児をしながら仕事をすることになるとは想像もしていなかった。頼る人のいない子
育ては楽しくもあり、また過酷でもあった。
 一年の浪人を経て心弾む気持ちで鳥取の地に足を踏み入れたが、入学した直後まだ顔もよく分からない同級生に「女で医
学部に入学したからにはそれなりの覚悟があるんだろうな」と言葉をかけられ、ジェンダーバイアスの洗礼をいきなり受け
ることとなった。彼の言った言葉の意図を聞きたい気持ちが湧いたのはずっと後になってからで、その時はそのような考え
をし、それを直接問いかける人がいるという事実に絶句して反応することができなかった。医師を目指し勉強する覚悟はあ
ったが、〈女性として〉医師の仕事をするということについて考えたことがなかった。
 私の父は、私が小さい頃から男女の差なく自立して働くべきだと話していたし、女子高校出身の私は、共学の高校では一
般的に男子がする役割も女子だけで出来ることが分かっていた。高校の先輩があらゆる分野に進学し、様々な職種で活躍す
る体験談なども拝聴しており、〈女性だから〉と何かをすることへの制約や覚悟を感じたことがなかった。
 女性であるが故に、能力や本気度を疑う人がいる。人生初めて女性としてのキャリアプランへ疑問が湧いた瞬間だった。
貴重な声かけをしてもらったと思う。
 ポリクリでも男女の差を歴然と感じることがあった。外科系の実習では「どうせ女子は入局しないでしょ」と相手にして
もらえない。手術には男子しか入れない。しかし私は、手術室しかない緊張感・スピード感・一体感が好きで外科系希望だ
った。積極的に医局の話を聞いたり、長時間手術に入る体力もある・外科に興味があると伝えると、先生方はまだ学生なの
に患者さんのバックグラウンド・カンファレンスの詳細・具体的な術式など熱心に話をして下さった。手術にも患者さんの
同意を得て参加を許された。
 その時に感じたのは、こちらが真剣にその診療科に興味を持てば、どの科の先生も真剣に応えて下さるということだ。ジ
ェンダーバイアスの先入観は誰かにかえてもらうのではなく、自分で行動して打破するしかないと思う。その積み重ねが女
性の仕事のしやすさ、女性医師の地位の向上に繋がっていくのではないか。結局どの医局に入るかは女性としてのキャリア
プランは全く念頭になく、自分が一番やりたいと思ったことで選択した。
 もちろん女性医師がライフワークバランスを考慮して入局先を決めることもあると思う。ライフまたはワーク、どちらに
重点を置くか。どちらの選択がどのタイミングでも出来る環境であって欲しいと思う。なぜなら女性は男性には経験出来な
い妊娠(悪阻も含む)・出産・授乳というミッションを担っているからだ。
 子育てしながら、あるいは妊娠中に仕事を続けていると困難の連続である。同業の夫と当直が重なったとき子どもをどう
する?病児保育に空きがなかった、手術中に子ども熱発の連絡が入った、悪阻がひどいが休めない、仕事中に流産の兆候が
あるが……、夫が当直で不在の夜中に病棟から急変コール、忙しくて子どもとの時間がない、子どもがメンタル不安定でチ
ックがでた、などなど。 職場にも子どもにも迷惑をかけ仕事を続けるのは自分のエゴではないか、仕事を辞めようかと何
度も悩んだ。その度に仕事は絶対辞めるなと背中を押し応援してくれたのは上司であり、同僚であり、子育て経験のある看
護師さん達だった。「女性が女性の批判をしちゃダメ、みんなが通る道だから」と、病児を預けていて遅れた私をフォロー
してくれたこともある。このような方々に出会い助けられ、困難から学び、仕事と子育てを両立しながら継続できたこと、
僥倖であった。次は私が次世代をフォローする番である。
 男性医師は結婚・育児でご自身のキャリアを変更することは少ないと思う。女性医師は結婚・出産だけでなく、子どもの
ライフステージに合わせても判断・変更を迫られる。だが、病院は男性優位の組織運営で、女性医師はたくさんの問題と対
峙しているのに意志決定には加わりにくい。子どもを持って働く女性医師の経験とパワーは必ず様々な場面で役立つはずで
ある。ぜひ意志決定における男女のバランスの取れた参加をお願いしたい。