Joy!しろうさぎ通信『ワークライフバランスの変遷と医療現場のこれから』

鳥取市 吉野・三宅ステーションクリニック 三宅 蘭

 「ワークライフバランスとはなんぞや?」このコーナーの執筆を依頼され、ワークライフバランス
(以下WLB)について頭から煙が出るほど考えた末にたどりついた一言です。勉強のつもりで調べ
た中で、私が面白いと思った内容についてまとめましたので皆様に共有できれば幸いです。
 まず、WLBという言葉は1990年代に欧米の各国から同時多発的に出た考え方です。アメリカの場
合では90年代の不況期に人員削減が行われ、残った従業員のモチベーションを高く保ち生産性を上
げるための施策として、育児や介護と仕事を両立できる制度が作られました※1。
 日本では2005年に一定規模以上の企業に社員に関する子育て支援の計画の作成を義務付ける次世
代法が施行、2010年に厚生労働省イクメンプロジェクト始動と20年前から仕事の場でのWLBが本
格的に提唱されるようになりました。現在は子育て世帯だけでなく単身世帯などすべての働く人へ
対象の幅を広げていますが、メインターゲットはやはり子育て世帯といえるでしょう。
 仕事の場でのWLBは20年前から提唱されたと前述しましたが、社会全体のWLBに対する意識変化
はいつから始まっていたのでしょう。一つの転換点となったのが1994年の高校家庭科の男女共修開
始です。それまでは男は外で仕事、女は家を守るという形がスタンダードとされていました。しか
しこれを皮切りに、学びの場で男女が協力して家庭生活を築いていくことが推奨され、男性も家事
を行うことが当たり前のこととして教育されるようになりました。さらに1999年には厚生省が「育
児しない男を、父とは呼ばない。」というキャッチフレーズとともに、初めて大々的に父親の育児
参加キャンペーンを展開しました※2。これらの大きな変化を子供のころに経験した1980年代後半
以降に生まれた世代は、男性も女性も同じように働き、家事をすることを当たり前として考えるよ
うになっていきました。
 とはいえ私見ですが、男性主導の医師の世界には育休取得や、子育てとキャリアの両立という考
えはなかなか浸透しませんでした。しかしこれについて面白い論文があります。旭川大学の学生を
対象にWLBに関するアンケートを行い、その結果を2012年と2022年で比較したものです。この論
文の中で、2012年の男子学生は育休をとりたいという生徒は15%程度しかいませんでした。ところ
が2022年には男子学生において育児休暇をとりたいと考える学生が65%と明らかに増加しており、
仕事よりも育児を優先したいと考える学生も増えていました。また2022年の女子学生は育児より
も仕事を重視する傾向が高まっていました。このような意識変化には、この10年で育休制度の整
備や仕事と育児の両立が現実的な選択肢として認識されるようになったことが影響しているのかも
しれません※3。私も学生時代は男性の育休取得制度について希望を持ったものでしたが、実際の
臨床現場の忙しさに現実を思い知らされたものでした。現在様々な病院で行われている保育施設の
設置や先駆者による育休取得の前例が、若い世代の選択肢を広げているのなら素晴らしいことです
ね。
 一方で女性の子育てにおける役割負担が多く、キャリアを諦めたり中断せざるを得ない状況も継
続しているように思います。それを示唆する論文がありました。日本の地方公務員3,478人を対象
に睡眠・職務環境・WLBが仕事パフォーマンスおよび満足度に及ぼす影響を統計的に分析したも
のです。横断研究の結果、男女ともに若年層であること、職場サポートが低いこと、友人との交流
が少ないこと、否定的な性格傾向を有することが仕事パフォーマンスの低さと関連していました。
注目すべきはこの後で、男性では睡眠の質の悪さおよび仕事への不満が仕事パフォーマンスの低さ
に関与し、女性は仕事から家庭への対立(残業や過労が家事や育児に悪い影響を与えること)が仕
事パフォーマンスに関連していました※4。ちなみに、総務省統計局によると2021年における6歳
未満の子供を持つ夫・妻の平均家事関連時間は男性が約2時間、女性が約7時間でした※5。これ
らの事から女性は家庭での役割負担が依然として大きいことから、仕事と家庭の双方に影響が及び
やすい可能性が示唆されました。
 医療現場でも働き方は少しずつ変化しています。10年後には医者も当たり前に育休をとれるよ
うになっているかもしれません。そうした変化を前向きに受け止めながら、私たち自身も時代に合
わせて価値観をアップデートしていきたいものです。

※1 こくみん共済Coop HP
※2 ジェンダーで読み解く男性の働き方・暮らし方
※3 ワークライフバランスの授業における医学生の意識変化の検討:2012年と2022年の比較
※4 睡眠・職務環境・ワークライフバランスが日本の公務員の仕事パフォーマンスおよび満足
度に及ぼす影響:横断的・縦断的研究知見の統合
※5 総務省統計局HP 統計Today No.190 我が国における家事関連時間の男女の差~生活
時間からみたジェンダーギャップ~