Joy!しろうさぎ通信『オハイオ留学レポート』

米子市 ふくい内科クリニック  大倉 裕子

・アメリカの教育
 2019年3月に我が家は、夫の研究留学のため、小学校卒業したばかりの長女も一緒に家族でアメリカのオハイオ州、
シンシナティに移り住みました。オハイオ州は、人口1,100万で、ホンダや花王などのアメリカ本社があり、その昔、
フランス、イギリスが覇権をめぐり争った場所で、南北戦争では、丁度南北の境界となった場所です。長女は現地の
中学校に通い始め、7、8年生が在籍する同校にはおよそ400人の学生がいましたが、そのうち日本人は3人だけで、
いきなり彼女は、言葉の通じない教室に放り出されたわけです。毎日宿題が出され、夜遅くまで娘と一緒に頭を悩ま
せたこともありました。先生の質問に答えられず娘が泣き出し、翌朝先生と面談したことも。
 次第に現地の生活に慣れていくうちにアメリカと日本の違いに気が付くようになりました。まず、アメリカでは格
差が非常に大きく、生活、教育、医療などに大きく影響します。教育熱心な家庭で意欲のある子は、宿題をこなし、
サマースクールにも参加し、部活動やボランティア活動に積極的に参加し、大学入学にも有利になります。中学校で
も上の学年のクラスを取得することができ、義務教育の高校在学時に大学の単位さえ取得できる子もいます。能力の
ある子は、どんどん伸ばすシステムと言えます。日本に比べて、他の人と比較することも少ないように思いました。
もちろん年3回州が実施する国語と数学の診断テストが実施され、偏差値の結果も出るのですが、クラスで作文や作
品を見せ合ったりすることもほぼありませんでした。
 教育内容については、小さいころから科学的思考を訓練され、理科の授業では、課題を与えられ、subject, methods,
results, evidenceを自分で考えたり、実験条件をどのように変えたら良いか、など考えさせられます。日本のように
正解が一つ、という問題ではないのです。理科ばかりではなく、国語や社会の記述問題でも、「主張」を述べ、それ
を裏付ける「evidence」を最低3つ記載するように、という感じです。もちろん歴史などでは、年号の暗記を要求さ
れることもありましたが、日本のように押しなべてすべて学習するのではなく、ローマ帝国やルネッサンスなど、い
くつかポイントを絞って学習していました。
・アメリカでの臨床の現場で
 娘も学校に少しずつ慣れ、彼女の夏休みが明けたのを機に、私もCincinnati Children Hospital(CCH)のstroenterology,
Hepatology and Nutrition部門で臨床研修および研究に参加させていただくことになりました。外来見学に入らせて
いただき、さらに栄養士や心理療法士の指導にも入らせていただきました。まず驚いたのは、患者数が少ないことです。
1日7人とかで、「今日は患者が多いので大変」とか言われたときはさすがにびっくりでした。ご存知のとおり、アメ
リカでは、医療保険により受診出来る医療機関が限られていて日本のように好きな所に受診出来るわけではありません。
さらに医療スタッフの数が多く、医師一人に専属のナースがつき、問診や検査日程の調整、薬局への連絡など彼らがし
てくれます。診療科に専属の栄養士が複数配置され、予約なしで指導を行ってくれます。
 今回、私は、主にNASH外来に入らせていただいたのですが、アメリカでは成人だけでなく小児の肥満や糖尿病、脂
肪肝も大きな問題となっていて、CCHはアメリカ小児脂肪肝診療ガイドライン策定にも関わっていて、Bariatric
Surgeryも盛んに行っています。栄養士の方から、米国民向け食事ガイドラインについて教えてもらったのですが、推
奨摂取カロリーも日本人と比べてそうかけ離れてはいません。野菜や果物の推奨、動物性脂肪の制限、バラエティーに
とんだ食材等……。ただ、現実は、かなりかけ離れているのでした。2010年ミッシェル・オバマが子どもの肥満解決を
目指し、「Let’s Move」という運動を立ち上げ、学校給食の改善やわかりやすい食品栄養表示などの取り組みがなされ
たそうです。娘の学校の売店で売っているお菓子や飲料もそれまでよりも健康的なものになっていると先生が言ってお
られましたが、それでもチョコバー、ピザなどが販売されていました。一方で、貧困の問題もあり、お菓子を学校から
失くせばいい、という単純なものでもないようです。その後、さらに小児NAFLDについて臨床研究にも携わらせていた
だき、コロナ禍の中でしたが、論文投稿しJournal of Pediatricsに受諾いただきました。ご指導いただいたAssistant
ProfessorのMarialena先生はじめ皆様に大変感謝申し上げます。
・アメリカの女性医師
 今回指導頂いたNAFLDチームのMarialena先生、Stavra先生はじめ多くの女性医師や女性スタッフとお会いしました。
AssociateProfessorのStavra先生は、10歳と5歳のお子さんのお母さんでもあります。仕事がお忙しくなるとメールの
お返事をなかなか頂けない事も度々ありました。数か月前に初めてのお子さんを出産され、復帰されたばかりの女性医
師や子育て中でも当直を担当されていた研修医の先生もおられました。隣接するCincinnati大学病院には女性だけの緊
急ヘリチームがあるとお聞きしました。CCHでは、さかんに研究会が開催されていて、コロナ禍の中で、オンライン開
催となっていて興味のある研究会に参加することが出来ました。女性研究者も多く、彼女達は、私はこういったことに
興味を持って問題に取り組んで来ました、と明言されます。中には、10代の若者の交際相手による暴力の問題に取り組
んでいる人もいました。CCHでも女性研究者支援の部署があり、女性研究者向けのグラントや男女とも利用出来るメン
ター制度が行われていました。
 アメリカでは、4年生大学卒業後に医学部入学し、日本のように高校生の時に自分の職業選択を行うのでなく、ある
程度社会経験を経た上で入学することになります。さらにアメリカの大学の学費は高額で、州立でも年間300万円位、
かなりの学生が自分でローンを組んで入学を決めるので覚悟が違ってくるかもしれません。そういう違いはありますが、
男女に関わらず、若い頃から自分なりの興味や目的意識を育てる土壌、仕組みが日本に於いても大事ではないかと感じ
ました。さらに興味深かったことは、女性教授達が「週末に子供と料理をするのを楽しみにしている」というプライベ
ート面を、自分の仕事とともに紹介をしていることでした。会議等も日勤帯で行われることが多く、男女問わず夜遅く
まで勤務する職場自体限られているようです。もちろん1週間続けて当直帯勤務などの勤務形態はありますが。皆同じ
ように働かないといけない、仕事にプライベートは持ち込むべきでない、という、これまで私たちが常識として考えて
いたことも必ずしもそうではないのだ、と感じました。
 アメリカで多くの出会いがありました。韓国人の美容師さん。彼女は、アメリカ留学後いかに道を切り開いていった
か教えてくれました。英会話教室で一緒だったウイグル人の女性。彼女は、祖国で「日本はひどい国だ」という教育を
受けたが、その後、日本に住む機会があり、それは誤りだった、と話してくれました。また7人の子どもを持つシリア
人の女性。彼女のご主人は内紛で地下に隠れたため命を取り留めたが弟は銃殺されたと。
 今回、私が経験させていただいたものは、ほんの一部に過ぎません。それでも、「世界は大きくかわっている、もの
の見方、とらえ方も今自分に見えるものがすべてではない」ということに気づかされました。娘も無事ESLを卒業し、
現地の友達も出来て、大きく成長したように思います。外の世界に出る機会を是非若い方に持っていただきたいと思い
ますし、またそのような人材を活かす仕組み作りが鳥取や日本の今後に大きく影響するように思います。
 そして多くの人に助けてもらい前へ進むことが出来ました。鳥取大学医学部病態情報内科学山本一博教授はじめ講座
の先生方、実家の家族およびスタッフの皆さん、多くの現地の方々、そしてコロナ禍を共に乗り越えた家族へ、この場
をお借りして感謝申し上げます。また最後になりましたが、このような機会を与えていただきました医師会の先生方に
感謝申し上げます。