Joy!しろうさぎ通信『─落ちこぼれ医師 拾う神に感謝するばかり─』

伯耆中央病院内科・小児科 篠原小百合

 私は落ちこぼれ医師だと自認している。だから医師会の講演会に行っても、いつも目立たないように
出席して、終わるとそそくさと帰る。始めに入局した整形外科はリハビリや装具療法について勉強したかっ
たのだが、たった二年で退局してしまった。その後は出産と育児で一年休職して、内科の研修医として再ス
タートした。同級生が研修を終えてバリバリ働いているのを横目に見て、凄いなあと感心した。と同時に、
おいてけぼりにされたような気分だった。そんな私だから、皆さんの役に立つような情報をもっているはず
がない。女性医師としてのお手本とは程遠いが、こんな医師もいるのだなあと思いながら読んでいただけれ
ば幸いだ。
 私が医師を目指したのは、小学校の一年生の時に交通事故に遭ったのがきっかけだった。左手の切断は免
れたが、関節の固定術や腱移植、皮膚移植で小学校のうちに8回の手術を受けた。大阪市立大学の整形外科
の当時の助教授で、手の外科がご専門の豊島先生に執刀していただき、スタッフの皆さんのおかげもあって
、完全ではないが指が三本だけ動くようになった。手首は背屈できず、手のひらは板みたいで握ることも出
来ない。けれど、工夫すれば人並みのことが出来るようになった。両親や学校の先生の支えもあって、思い
がけず鳥取大学の医学部に合格した。地元の大学ではなかったので悩んだが、6年間の学費と生活費は、損
害賠償金の範囲で何とかなりそうだからと両親が背中を押してくれた。
 大学6年の夏休み直前に、母が脳腫瘍を患っていることがわかった。鶏卵大の髄膜腫が太い血管を巻き込
んでいて、脳圧が上がっている状態だった。出来るだけ早く手術しなければならない。慌てて医局を回って
事情を説明して、いくつかのポリクリをお休みさせていただいた。当時は今のような完全看護ではなかった
ので、付き添いが出来なければ、病院が斡旋する付添婦を雇うことになっていた。雇うのは経済的に難しい
ので、父と交代で付き添いをした。ちょうど末の弟の高校受験も控えていたし、自分の国試の勉強もあった
ので、なんで自分ばかりこんな目に合うのだろうと自分の運命を呪った。術後に母は片麻痺になり、せん妄
が出て見えないものと戦った。必死になって動く方の手で色んなものを引っ張ろうとして、私たちを困らせ
た。
 こんな夏休みだったので、特に就職活動はしなかった。整形外科の山本吉藏教授と豊島良太助教授の授業
やポリクリが本当に楽しくて、ここに残って研修がしたいと心から思い入局した。研修医の時に縁あって結
婚し、子供が出来たので一度仕事を辞めた。実家の母を頼ることは出来なかったし、医師であるお姑さんも
孫の面倒をみるのはとても無理だったからだ。整形外科医の夫は病院の跡取り息子だったので、整形外科で
はなく内科医の嫁が欲しかった。一年後、内科の研修医として復帰して、子供を保育園に預けた。しょっち
ゅう風邪をひいて喘息発作を起こし、咳き込んで嘔吐した。その度に救急外来にお世話になって吸入と点滴
をしていただいた。子供が入院すると仕事を休み、患者さんは指導医の先生にお願いした。今でも指導医だ
った先生方には感謝しかない。
 母の入院中に家事全般をしたことと、一年休んで子育てをしたことは、私にとっては本当にいい経験にな
った。やってみると、何でも自分で出来るものだ。いつ何があっても良いように、下拵えして冷凍しておく
。洗い物は食器洗い乾燥機と全自動洗濯機、お掃除もロボット頼みだ。食事には手をかけ、後は手抜きと割
り切った。
 家庭菜園で夏野菜が出来る頃にはピクルスを作っておく。ラッキョウ酢や簡単酢で漬け込んでしまえばい
い。洋風にしたいときにはローリエの葉やオレガノ、ナツメグなどを入れて、キュウリや玉ねぎなどを漬け
込む。和風にしたいときには昆布茶と生姜、みりんに醤油を足す。刺身用の魚の切り身をスライスした玉ね
ぎと一緒に漬け込んでも美味しい。魚は鯛でもアジでもなんでも良い。夜遅めにスーパーに行くと、値引き
したお刺身を売っているから、それを買って漬けておく。マグロや赤身の魚だけは酢ではなくて醤油1とみ
りん1、すりおろし生姜少々で漬ける。すると翌日にはちゃんと漬けが出来ている。簡単だからお勧めだ。
 子供が小さい時には病気の時に仕事を休んだが、小学校に上がってからは仕事を休むことはせず、学校行
事は欠席した。だから、罪滅ぼしの意味を込めて手作りにこだわった。自家製ジャムやコンポートでケーキ
を作ると家族みんな大喜びだ。参観日も運動会も行けなかったが、美味しい料理で帳消しだ。この頃はレー
ズン、りんごなどの果物から天然酵母をおこして手ごねパンも焼く。夜寝る前にボウル一つで仕込むことが
出来る。冷蔵庫で長時間発酵させるパンはゆっくり発酵するので、休みの日にのんびり焼けば良い。
 私は医師としては落ちこぼれだけど、まさに拾う神ありの人生だった。整形外科の医局に拾われ、その後
は第二内科の医局に拾って頂いた。色んな意味でハンデのある私を、同門の先生方は本当に広い心で指導し
てくださった。末筆になりましたが、同門の先生方、関連病院の皆さま、本当にありがとうございました。
勉強不足で、そんなことも知らんのかとびっくりされるようなことを言うかもしれませんが、これからもご
指導の程、よろしくお願い申し上げます。